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Essays in Idleness 2 ~ North Bethesda NIH留学紀行 ~ 2009年04月
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Essays in Idleness 2 ~ North Bethesda NIH留学紀行 ~
日本で内科医として臨床と研究に携わった後、2006年4月より米国メリーランド州NIHに留学し、2009年4月に帰国しました。ワシントンDC近郊の日常の備忘録です。。
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Night at the Museum: Battle of the Smithsonian
帰国前日、お土産を買うためスミソニアンキャッスルに立ち寄ったNight at the Museumの続編がまもなく公開されるとの展示がありました。
前作はNYの自然史博物館が舞台でしたが、今回は何とDCが舞台となり、スミソニアン博物館を中心にモール地区をキャラクターが暴れまくるようです。

1作目は、コメディタッチながら父親の威厳を息子の前で取り戻すというテーマを基に、博物館の展示物たちが動いて大騒動を引き起こすという内容でしたが、大人が見ても十分楽しめ、息子も大好きな映画でした。続編はDCでの撮影ということもありさらに感情移入ができそうで、本当に公開が待ち遠しいものです。
日本ではナイトミュージアム2として8月13日に公開予定だそうです。
ナイトミュージアム2

ナイトミュージアム2

ナイトミュージアム2


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帰国まであと1日(アパート退去、最後のDC観光、FRさん宅でBBQ)
いよいよ帰国が明日にせまってきました。
昨日までに、アパートの部屋はすべて片付いて荷物も出してしまったのですが、昨日は時間がなかったので、午前中にアパートのオフィスで退去手続きをしました。
オフィスのスタッフと一緒に部屋に行ってインスペクションを受けましたが、部屋で靴をはかない日本人は外人とは部屋の汚し方が違うようで、さっと見ただけで終わり、全く異常や不備を指摘されませんでした。
Grosvenor Tower

Grosvenor Tower
さよなら我が家。立地が最高で本当に便利なアパートでした。

午後は最後のDC観光へ。
行こう行こうと思っていて、3年間、1度も行っていなかった施設を回りました。平日でしたが快晴だったせいか、結構観光客が歩いていました。国立公文書館、オールドポストオフィス、ウィラードホテルなどを見学しました。何回も訪れて大好きだったNational Mall地区を歩き、ワシントンモニュメントとキャピトルを目に焼き付けて帰りました。

まず、ナショナルジオグラフィック協会へ。
ナショナルジオグラフィック協会ビル
雑誌やテレビで有名なナショナルグラフィックの本部です。
僕が住んでいたGrosvenorという地名は、ナショナルグラフィックの編集長であったギルバートグロブナー博士の名前にちなんでいるそうです。

ナショナルジオグラフィックギフトショップ
内部は1階の展示スペースのみ見学することができます。ギフトショップがあって、様々なレアなお土産が売っていました。探検グッズっぽい、水で濡れても大丈夫な破れないDCの地図を買いました。

ナショナルジオグラフィック表紙
ナショナルジオグラフィックの表紙に自分の顔を写し込んだ写真を撮ることもできます(たった$5でこれだけ?という感じでしたが。。。

次は、有名な国立公文書館(National Archives)へ行きました。
国立公文書館

こちらにある最も貴重で有名な文書としては、独立宣言、合衆国憲法、権利章典であり、中央広間にすべて展示されていました。
中央広間
大好きな映画National Treasureでは、このNational Archivesの中央広間でパーティーが行われていて、ベンゲイツが忍び込んで独立宣言書を盗み出すシーンがありました。
中央広間

書類

観光客

書類
貴重な書類の数々はヘリウムが中央されたケースの中に展示されていて、自由に写真を撮ることができました。皆、一生懸命見学していました。

さらに歩いてOld Post Officeに行きました。
Old Post Office
ここは1899年に郵政省のビルとして完成。当時DCで初めての鉄筋ビルだったそうです。
1956年、一旦ビルは閉鎖されましたが、1983年オフィススペースとして生まれ変わりました。そして、現在は、展望台、ショッピングモール、ギフトショップ、レストランが入った観光施設となっています。
Old post office内部

Old post office内部
内部はこのように吹き抜け構造になっています。エレベーターに乗ると、高さ95mの展望台に到着します。ここの高さはDCの中で、ワシントンモニュメントに次ぐものだそうです。

展望台からキャピトル
キャピトル方面。

ワシントンモニュメント
ワシントンモニュメント方面。

ワシントン大聖堂
ワシントン大聖堂方面。
このような感じで見晴らしは結構良かったです。風が涼しくて気持ちよかった。

Old Post Officeから下りると、次は近くのウィラードインターコンチネンタルホテルに歩いて行きました。
ウィラードホテル
このホテルは約150年の歴史があり、1860年日米修好条約批准書交換のために派遣された日本からのちょんまげの使節団が宿泊したことで有名です。
ウィラードホテル

ウィラードホテル
内部はロビーを含め大変、優雅で歴史の重みを感じさせる雰囲気でした。今度DCを訪れるときは是非泊まってみたいものです。

夕方、DCからロックビルへ戻り、アメリカ最後の夜はFRさん宅へ泊めていただきました。
アメリカらしくFRさんがお庭でBBQを催してくれて、気心の知れたテニス会のTさん、FJさんのご家族とともに楽しい夜を過ごすことができました。
BBQ

BBQ

BBQ
この綺麗な夕空も見納めです。
皆様、今夜は良い思い出を本当にありがとうございました。


NIHへ最後の出勤、車のナンバープレート交換、住所変更など
帰国2日前の月曜日、午前中にボスと現在のプロジェクトの引き継ぎをどうするかということについて最後のミーティングがありました。
今まで本当にいろいろありがとう、これまでのデータはすべて君の物なので日本に戻っても自由に使いなさいと太っ腹なことを言ってくれました。ボスは来年の国際免疫学会で神戸に行くとのことで、当地で再会する約束をしました。
ボスとともに

午後は車を買ってくださることとなったテニス会のFRさんと一緒に、自分が付けていたナンバープレートを車から外して、FRさんが登録した新しいプレートを付けました。これで完全に所有者移動となりました。
アウトランダー
さよなら、アウトランダー。3年間本当にお世話になりました。素敵な思い出をたくさんありがとう。ノートラブルでよく走ってくれました。

今回の帰国にあたり、4月初めに、CarmaxJapan Auto Serviceで売却の見積もりをしてもらいましたが、金融危機の影響かSUV車の人気が随分下がっているようで、購入時の3分の1ほどの値段しかつきませんでした。
そのため、日本人の方々にお伺いし、幸いにもFRさんがショップよりも良い値段で購入して下さることとなりました。自分で売買の手続きを経験してみたかったので、良い機会となりました。

メリーランド州で車を個人売買する際に必要な書類などはMVAのこちらに詳細に書いてあります。
僕は売る方だったので、車のTitle (車検証のような書類。車をMVAに登録すると郵送されて来ます)と、必要事項を記入したBill of Sale (Form #VR-181)の書類が必要でした。

このナンバー交換の数日前に、まずBill of Sale上に僕とFRさんのサインを記し、NIH Federal Credit Unionでnotarizeしてもらいました。その後、所有者変更とナンバープレート変更のため2人でGaithersburgのMVAに行き、TitleとBill of Saleの書類を提出しました。購入者が登録料を支払うと、すぐに新しいナンバープレートが発行されました。その場ですぐにナンバーを付け替えるすることもできたのですが、その後も数日、車があったほうが便利だったので、FRさんの厚意で今日までナンバー交換を遅らせてもらっていました。

外したナンバープレートはGlenmontのMVA Expressに行って返却手続きをしました。
この際、メリーランド州では前後2つのプレートのうちどちらか一方だけを返却すれば良いとのことでした。
ナンバープレート
お気に入りのナンバープレート。

ナンバープレートをMVAに提出するとRegistration Feeの返却申請書とプレートのReturn Receiptを貰います。返却申請書とともにそのReceiptのコピー、さらに昨年、2年ごとのナンバーの再登録をした際に送ってきたRegistration CertificateのコピーをMVAに郵送することで、1年分のRegistration Fee(約$64)が戻って来るそうです。
そして、車の所有者が変わるとその時点で自動車保険の解約が必要です。AIGに電話をしたところすぐに解約手続きをしてくれました。納めた保険料も日割りとなり、後から小切手で返金されます。

ナンバープレートの交換後は、CitibankのRockville支店に向かい、口座の維持のため日本の新住所に住所変更をし、また、その後は郵便局にも行ってアメリカの住所宛に届いた郵便を日本へ転送してもらうための申請書を提出しました。この時、うっかり自分の名前しか登録しなかったため、後から妻の名前も登録する必要がありました。

夜は、医局の後輩のT先生、U先生と一緒に、帰国までには是非行きたいと思っていたHouston's Restaurantにステーキを食べに行きました。
Huston's Restaurant @ Rockville

自分のアパートからは明日退去の予定ですが部屋には何もなくなってしまったので、その夜はT先生の御宅に泊めて頂きました。


帰国前の最後の日曜日(荷物のパッキング、アパートの掃除、PEPCO解約)
最後の荷物のパッキングとアパートの部屋の掃除を1日かけてしました。
絨毯に掃除機を掛けて、壁の傷や落書きを水で拭いて丹念に消しました。また、洗面所や流しも磨いて綺麗にしました。
いよいよ3年間住んだアパートで夜を過ごすのも最後となり、感傷的な気分になってしまいました。

がらんどうの部屋
部屋はがらんどう。

Space Bag
今回、パッキングに役立ったSpace Bag。日本であるか定かではないですが、服用の圧縮袋です。

Space Bag
このようにセーターやズボンをビニール袋に入れて、ジップロックのような封を閉じます。

Space Bag
その後、ぐるぐる自分で巻くことで空気を出し圧縮することで、全体がぺちゃんこになります。このBagのお陰で随分スーツケースに服を詰めることができました。
Bagが8枚入って(大と小が半々)、Bed Bath & Beyondで$20程でした。

パッキングと掃除が済んだ後、大事なことを思い出しました。そう、電気の解約です。このアパートはオール電化なので、UtilityはPepcoとの契約のみを解約すれば終了です。
Pepcoのトップページの右側にあるCustomer Self ServiceからTurn Service On or Offに入れば、Webにて解約申請をすることができました。
その後、メールが届き、今週手続きを進行してくれるそうです。
Verizonの電話の解約よりかなり敷居が低くてほっとしました。



いよいよアメリカでの最後の週末
アメリカ最後の週末です。
曇りや雨が続き肌寒い日が続いていたのですが、急に週末になりカラッと晴れて、90℉を超え摂氏30℃以上になりました。いよいよ夏のシーズン到来という感じです。
週末ということもあり、街のアメリカ人はTシャツ、短パン、サンダルという人も多く、上半身裸でジョギングしている人も見かけました。

土曜日は最後のテニス会に参加し、皆さんと気持ちよい汗をかくことができました。このテニス会を通じて日本各地から留学されている方々と親しくなることができました。テニスだけでなく飲み会を通じて、仕事のことのみならずプライベートのことなどいろいろ情報交換ができて本当に良い思い出がたくさんできました。

3月初めには日本に段ボールを送り、3月末には妻と息子が帰宅、また、家具などは4月初めに一括ムービングで日本から新たにいらっしゃったWさんに譲ることができました。Wさん、気に入っていた家財を捨てなくて済んだので本当にありがとうございました。

家族が帰宅後、約1ヶ月間こちらで1人で生活しましたが、その間に妻が今度日本で住むことになるマンションと息子が通うことになる幼稚園を探してくれたため、私はこちらでの最後の仕事のまとめに昼夜問わず没頭、集中することができ、去年から始めたプロジェクトの大変な進展を得ることができました。最後まで自分でまとめられないのがとても残念ですが、きりがないので仕方ありません。

本当に自分の期待以上に留学の成功が得られたのは、妻とともに日本の自分と妻の両親達のサポートがあったからだと本当に実感しています。留学の間、結構自分の好き放題やらせてもらったことに心から感謝しています。

最後の週末の残りはパッキングと部屋の片付けに集中です。
ボスの家で送別会(+誕生日会)
4月24日。自分の誕生日のであるとともに翌日25日は渡米して丸3年という記念すべき日です。
偶然にも、ちょうどボスの都合が良いとのことで、僕の誕生祝いと送別会、さらに同僚の結婚祝いを含めたパーティーのためにボスの家に招かれました。
ボスの家にお邪魔するのは、ちょうど同僚の送別会から1年ぶり(同僚のNatureのpublish祝いでもありました)でした。Old George Town Rdから少し入った森に囲まれた閑静な1軒家で、大変素敵な場所でした。
ボスの家

早く着きすぎたので、皆が来る前にボスとひさびさゆっくり個人的に話しました。これまでの日本人のポスドクについてどう思いますかと聞いたところ、日本人はよく働くことを十分にわかっているので、親しい日本人研究者からの紹介であればインタビューなしで(私もそうだったのですが)、空きがあれば無条件で採用してあげるということを言っていました。言葉の問題は関係なく、本当に日本人のことを信頼してくれているんだということを感じました。そして、このような素晴らしいボスの元で働くことができたのは、日本でご紹介頂いた先生方のお陰なんだということを改めて思いました。
興味深くて印象的だったのは、アメリカ人であるボスのアメリカ人ポスドクに対する見方でした。採用時に一番注意しないといけないのはアメリカ人だ。なぜなら、口がうまくて、怠惰だから、ということでした。確かにアメリカ人は幼少時からプレゼンする能力が鍛えられていて、仕事ができなくても本当に言い訳が上手いと感じるところもありました。

そんな感じでボスと話していたところラボの同僚が集まりました。皆が来た後は、ボスがピッチャーでまず庭で野球大会。

野球

野球
イタリア人や中国人の人はまったく野球をやったことが無かったそうで、ルールも知らず、
奇妙な動きの野球がとてもおもしろかったです。

前回のパーティーの時にボスが焼いたパティを挟んだハンバーガーを私がとても気に入ったことに覚えておいてくれて、今回も同様にボスがグリルで肉を焼いてくれました。
またポットラックだったので皆がいろいろ持ち寄ってくれて、各国の味を楽しむことができました。
パーティの食事

嬉しいことに、同僚がサプライズで、年齢が大きく書かれたアメリカの四角くて青いクリームが載ったバースデイケーキを用意してくれて、皆でバースデイソングを歌ってくれました。久しぶりにローソクの日を自分で吹き消し、本当に皆の温かさと優しさをしみじみ感じました。
バースデイケーキ

最後にボスが、皆の前で僕に関してのスピーチをしてくれました。
これまでプロジェクトに対して、犬が噛み付いて離さないようによく諦めずに忍耐強く頑張ったということ、全然知らなかったことを自分が知る機会を与えてくれて感謝しているということなどとても素晴らしい言葉を頂くことができました。自分のスピーチは酔っぱらってしまったこともあり、いつも以上に口が回りませんでしたが、何とか笑いを取りながら済ますことができました。

他にもプレゼントとしてNIH Tシャツと皆の寄せ書きが書かれたNIHポスターをくれて、3年間の思い出を締めくくるにふさわしい、素晴らしいパーティでした。

プレゼントのポスター
フェアウェルパーティーで恒例の寄せ書きNIHポスター。

プレゼントのポスター
ボスはGoogleで日本語を調べて、メッセージを書いてくれました。


クオーターコレクションの続き(DC coin登場)
以前記したように、渡米後、各州の図柄が入ったクオーター(25セントコイン)を集めていたのですが、今年になりやっとハワイとアラスカのものが手に入り、50州分が集まりました。
これはアメリカ造幣局による50 State Quarters Programといい、1999年から開始となり、毎年数州ごとが2008年まで発行されてきました。

これで安心して日本に帰れると思っていたのも束の間、2009年にはThe District of Columbia and five U.S. territories Quarters Programが開始となっていたようで、先日偶然にもDCのクオーターをNIHの自動販売機からのお釣りの中に見つけました。
DC以外にもthe Commonwealth of Puerto Rico, Guam, American Samoa, the U.S. Virgin Islands and the Commonwealth of the Northern Mariana Islandsとあるようにプエルトリコ、グアム、アメリカ領サモア、ヴァージン諸島、そして北マリアナ諸島というようにアメリカ海外地域のデザインのクオーターも発行されるそうです。

これらが集められないのはコレクター魂からすると大変心残りですが、次に渡米できた時に残りを頑張って集めようと思います。

DCクゥオーター
DCコインのデザインはDC出身のジャズピアニスト、デュークエリントンがあしらわれていました。




ITINの確認
3月30日に、Tax Retunの書類、Form1040をITIN (Individual Tax Identification Number)申請のためのW7とともにTexas州のIRS (Internal Revenue Service)に発送したのですが、帰国が近づいたのにいつまでたってもITINが送られて来ません。
不安になったのでIRSに電話を掛けてみたところ、ピークのシーズンなので、8-10週間はプロセスにかかるとの返事。
これでは日本でITINを受け取って、日本から提出することになりそうです。


UPenn (University of Pennsylvania)
日曜日、フィラデルフィア2日目です。
その日は朝のAMTRAKしか予約できなかったので、出発前に30St.駅の西側にある、有名な大学、ユーペンUPennの見学に行って来ました。

UPennは1755年、ベンジャミンフランクリンが設立者の1人として、創設された、有名なIvy Leagueの大学8校のうちの1つです。
現在も米国大学ランキングのトップ5に入る程の超名門で、特に研究もNIHから多額な予算が提供され、国家最大の研究計画を担っているそうです。ちなみにImmunology Graduate GroupにはNIHとの研究者の交換プログラム(The IGG/NIH Partnership)もあり、私のラボにも以前研究者が派遣されていました。

大学は30St.駅から徒歩で15-20分程の距離にありました。
フランクリンの銅像を中心にして古い校舎が並ぶ大学の一角は、数々の歴史を感じさせる荘厳な建築物ばかりが並んでいて、歴史の重みを感じて本当に圧倒されました。中世のヨーロッパにタイムスリップしたような感覚になりました。

UPenn

フランクリン像
フランクリン像です。この像の近くの校舎で野口英世が昔、フレクスナー博士の元、蛇毒の研究をしていたそうです。

UPenn

UPenn

UPenn

UPenn

UPenn

UPenn

帰りは30St.まで歩き、またAMTRAKでDCまで帰りました。

フィラデルフィアはDCからちょうど良い近さ、結構歴史的な建造物が多く残されていて、都会なのにNYほど巨大すぎないというなかなか素晴らしい街で、気に入りました。機会があればまた、もう少しのんびりと訪れたいと思います。

八重桜(牡丹桜)
4月後半になりましたが、まだまだ快晴の日が少なく、何となく肌寒いです。
4月初めにソメイヨシノなどのいわゆる桜の花は満開になり、すぐに散ってしまいましたが、最近、Grosvenor駅の近くでは濃いピンク色の八重桜(牡丹桜)の花が満開になりました。
ソメイヨシノに引き続きこの季節の風物詩という感じで、これはこれでとても華やかで美しく感じます。
もう今回でこの桜も見納めかと思うと寂しく感じます。

八重桜




フィラデルフィア旅行
フィラデルフィア観光の目的は、自由の女神、モンティチェロ、バージニア大学に引き続き、アメリカ東海岸の4つ目の世界文化遺産を制覇することでした。

Amtrakでフィラデルフィアの30St.駅に着いてから、まず地下鉄(フィラデルフィアではメトロでなくサブウェイと言います)に乗って、早速、今回の目的地である世界遺産、独立記念館Independence Hallに向かいました。

サブウェイは、改札で$2.9で往復トークンを買うシステムになっていましたが、街の中心部を通っているにもかかわらず、ほとんど観光客は利用しておらず、また、DCメトロとは違ってホームや電車の中にも乗客がかなり少ないため結構ヤバい雰囲気を感じました。子連れは乗らない方が良いと感じました。
しかし、Amtrakを降りた30St.駅からサブウェイに乗ると、Indepedence Mallの真下の5th St.駅で降りることができるので、怖いながらもかなり便利でした。

DCのNational Mallほどは大きくないですが、歴史地区はIndependence National Historical ParkとしてNPSが管理していて、Independence Mall(広場)の周りに、新しく建てられた様子のVisitor centerや、Independence Hall, Congress Hall, Old City Hallなどの歴史建造物、リバディベルがあるリバティベルセンターLiberty Bell Centerなどが並んでいました。
Indepedence Mallでは、まずVisiter Centerに独立記念館の無料入場券をもらいに行きました。11時頃着いたのですが、さすが皆の一番の目的地、1人分のチケットがかろうじて残っていたという感じで、4時半のチケットをゲットできました。

ビジターセンター
まずビジターセンターへ。

ロッキーグッズ
ビジターセンターのギフトショップでは、フィラデルフィアにちなんだ様々なお土産が売っていましたが、やはりこの地は映画ロッキーの舞台ということもあり、ロッキーグッズは充実していました。

Independence Mallから独立記念館
Independence Mallから独立記念館を眺めて。

リバティベルセンター
以前は独立記念館の塔に設置されていたリバティベルは1975年からこのリバティベルセンターでリバティベルの展示が開始になったそうです。

リバティベル
独立が宣言された時に高らかに鳴らされたリバティベル。現在でも自由の象徴だそうです。

夕方の独立記念館のツアーまで時間ができたので、街を散策することにしました。
Independence MallからCity Hallの方面に歩くと、コンベンションセンターに隣接する建物の中にとても充実したマーケット(Reading Terminal Market)を見つけました。このマーケットが入っている趣のある建物は、昔、火事で焼ける前はダウンタウンの駅の構舍だったそうです。
ちなみに映画National Treasureにも、独立記念館でフランクリンが発明した地図を読むための眼鏡を手に入れた後に、ベンと離れたアビゲイルとライリーが逃げ回るシーンにこのマーケットが出て来ます。

マーケットの中は、普通のスーパーのようにお肉屋さんや野菜コーナーなどがあるだけでなく、観光客相手の軽食屋もずらっと並んでいて、その中に昔から営業しているフィラデルフィア名物フィリーステーキ屋さんを見つけることができました。

マーケット

マーケット

フィリーステーキ

フィリーステーキとは、ビーフを焼いて細かく刻み、タマネギ、ピーマンなどと炒め、とろけるチーズをかけてから、フランスパンにはさんで食べるスタイルの、ファーストフードです。

フィリーステーキ

フィリーステーキ

かなりのボリュームで一人で食べられるか心配でしたが、意外と味はあっさりしていて、信じられないことに結局、一気に食べてしまうことができました。
フィリーステーキ

腹ごしらえも済み、夕方までダウンタウンを一人で歩いてみることにしました。地下鉄とは違い、路上に出ると観光客も多く、ダウンタウンと言ってもそれ程には危険な雰囲気を感じませんでした。
DCとは違ってNYのように摩天楼が並ぶ大都会ですが、ダウンタウンの規模は大きくすぎず、新しいビルと古いビルや教会が良い感じで混在している魅力的な雰囲気の街でした。

ダウンタウン

ダウンタウン

シティホール
シティーホール。頂上にはウィリアムペン像があり、土日以外なら展望台まで上がることができます。

さらに、ちょっと距離がありましたが、映画ロッキーの撮影舞台になったことで有名なフィラデルフィア美術館まで自分の足でとぼとぼと20-30分ほど歩いてみました。

美術館まで
ずっと奥に見えるのがフィラデルフィア美術館です。

ダウンタウン方面
反対側のシティホール方面を見て。

フィラデルフィア美術館
フィラデルフィア美術館。

この美術館が有名なのは、ロッキーの舞台になったことだけでなく、現在もロッキーの像が前に置かれているためです。
噂どおり美術館玄関前の広場に上がる階段の下のロッキー像と一緒にポーズを真似て写真を撮るための行列ができていました。

ロッキー像
ロッキー像

時間が無かったため残念ながら美術館には入りませんでしたが、何と22万点以上の作品数を誇る、全米第3位の美術館とのことです。
フィラデルフィア美術館

こちらの美術館前からCity Hallに一直線に伸びる通りの向こうに見えるダウンタウンの景色は大変壮大で美しく、苦労して歩いて来た甲斐がありました。大変ですがお勧めなコースです。
美術館よりダウンタウン

フランクリン科学博物館
途中にはフランクリン科学博物館もありました。フィラデルフィアは有名な政治家と発明家であった、ベンジャミンフランクリンの出身地でもあります。この博物館もとても充実しているそうです。

その後、またIndepence Mallまで歩ききり、いよいよ4時半からの独立記念館の見学ツアーに参加しました。
このツアーはガイドの方が、独立記念館の中の部屋を1つずつ案内してくれて、どのような経緯で独立宣言と合衆国憲法が公布されたかをくわしく説明してくれるものでした。
現在、目にしているDCの政府施設などから想像して、昔の議事堂もかなり壮大な建築であったことを想像していたのですが、意外と小さい建物でびっくりしました。ちなみに$100にはベンジャミンフランクリンとともに独立記念館が描かれています。

独立記念館

独立記念館
再び独立記念館へ。

独立宣言採択
独立宣言が採択された部屋。

憲法制定会議の部屋
合衆国憲法制定会議が開かれた部屋。

Rising Sun Chair
憲法制定会議中、ジョージワシントンが使用した椅子、Rising Sun Chair(背もたれの一番上に太陽の彫刻がありました)。

独立記念館の後はまたダウンタウンをぶらぶら。
ベンジャミンフランクリン
フランクリンはやはりアイドルのようで、いろいろな所で出くわしました。

ホテルベンジャミンフランクリン
ホテルThe Ben Franklin Houseの外観も豪華でした。

夜はダウンタウンにある格安ホテルに宿泊しました。ロケーションが抜群でしたが、床が傾いていて、エレベーターのドアを手動で閉めるような、一人旅ならではのホテルでした。
格安ホテル



Amtrakでフィラデルフィアへ
4月18日

アメリカに来てからずっと乗ってみたいと思っていたAmtrak(アムトラック)に乗って、フィラデルフィアに行って来ました。

Amtrakとは1971年に発足した、正式名称、全米鉄道旅客輸送公社(National Railroad Passenger Corporation)のことで、アメリカの国鉄のことを言います。AmtrakとはAmericanTrack by Railに由来するそうです。
自動車の国アメリカですが、この東海岸(DC、フィラデルフィア、NY、ボストン)を結ぶ北東回廊線というような大都市を結ぶAmtrakの路線は昔から利用客が多いようで、赤字体質のAmtrakの中でも稼ぎ頭だそうです。

本当は特急ACERA(新幹線のぞみ号のようなもの)に乗りたかったのですが、一番安いRegional号(と言ってもDCからボストンまで運行される新幹線こだま号のようなものです)の3倍の値段もしたので残念ながらあきらめました。

DCからはユニオンステーションで乗車しました。
前もってネットでチケットを予約しカード決済するとチケット用のバーコードが送られて来ます。この際に、以前にも書いたようにクーポンコードを探しておくと、少し割引されます。また、Amtrak Guest Rewardsといって飛行機会社のマイレージ会員みたいな制度があり、購入時にナンバーを入れるとマイレージがたまります。席は自由席でした。

eメールで送られて来たバーコードを印刷して、乗車当日、駅の搭乗口近くにある自動発券機にそれをかざすと、飛行機の物のようなチケットが出て来ました。
Amtrak発券機

アムトラックチケット
今回は自由席でしたが、基本的に前もっての予約が必要です。搭乗後、車掌さんのチェックがありました。

日本と違うところは、プラットホームは電車を待つ場所ではなく、客は乗車時間まで駅の構内で飛行機のように搭乗ゲートに並びます。そして、発車時間が近づくとゲートが開いて、順番に入場し搭乗するようなシステムになっています。

いよいよ搭乗

搭乗

アムトラック車両

今回乗ったRegional号でも客車は特急列車なみの作りの室内で、座席は広く、座席の横には電源コンセントを完備し、また、スナックカーもついていて予想外に十分快適なものでした。びっくりしたのが、その乗り心地でした。かなり飛ばすのですが、広軌のせいかほとんど振動を感じず、本当に新幹線に乗っているような感じでした。
客車内

車内

電源プラグ

スナックカー
スナックカー

DCからフィラデルフィアの間の駅はNew Carolton (MD), BWI (MD), Baltimore (MD), Wilmington (DE)とたったこれだけしか停車せず、2時間位ということもあり、大変快適な鉄道の旅で、本当にあっという間に到着しました。ちなみにバイデン副大統領は30歳代の上院議員時代から現在まで何十年もWilmington郊外の自宅からDCまで毎日電車通勤しているそうです。

ユニオンステーション
ユニオンステーションをほぼ定刻に出発。

フィラデルフィア30th Street Station到着
フィラデルフィア30th Street Station到着。
DCのユニオンステーションに負けず劣らずかなり味わいのある歴史を感じさせる駅舎でした。

駅構内

フィラデルフィア30th Street Station

30th street station
30th street station

この北東回廊線の路線はバスや飛行機があるにもかかわらず、DCからNY方面に行くのに大変人気があるようで、搭乗した日は土曜日の午前中であったせいもあると思いますが、ほぼ満席、割合富裕層がファミリーで利用している感じでした。

ボストンまではDCから約8時間かかるそうですが、DCを朝出て向こうに夜到着する便と、夜向こうを出てDCに朝到着する便があります。パソコンやDVDも車内に持ち込めるし、割合定刻通りなので、時間に余裕があるなら楽しく快適な旅行ができそうです。
機関車


30th Street Stationからは地下鉄(ここではメトロではなくSubwayと言わないといけません)に乗って、ダウンタウンまで行きました。
この地下鉄は土曜の午前中にもかかわらずあまりにも空いていて駅や車内にもほとんど人がいないという感じで少し怖い感じがしました。
家族連れの方は使わない方が良いかもしれません。
Academic Degree
日本とは異なりアメリカではAcademic Degree(学位)や資格の肩書きを正式書類、書籍の著者、ミーティングでの講師の場合などの際は名前の後にずらずら並べて書くのが一般的です。
ただ名誉のために並べるわけではなく、アメリカではそれぞれの学位を持っていることはその道のプロフェッショナルということになり、尊敬のみならず、それなりのきちんとした対価が得られるようになっているのだと思います。

研究留学されている方にとっては一般的なことですが、例えば、我々なら医学部を出て、医師免許を持っていればMD (Medical Doctor)、さらにGraduate school (大学院)や研究機関に属し、学位審査を修了して博士号を授与されていればPhD (Philosophiae Doctor:いわゆる博士)ということになり、例えばGeorge Washington, MD, PhDというように名前を記すことができます。MD, PhDは世界中どこの研究機関で授与されていてもアメリカと同じようなシステムであれば、こちらでも通用することになっています。しかし、実際のところアメリカでPhDを取得するのは日本よりも断然大変そうです。

NIHでポスドクとして研究するには、MDかPhDがあれば良いみたいで、我々のように決して2つのdegreeは必要ないですが、これは研究機関やプログラムによって違うかもしれません。
今は少し変わってきたかもしれませんが、日本では医学部を卒業後、医師国家試験に合格(MD)、病院で数年研修後、大学院に入ってPhDとなるパターンが多いので、こちらに留学している日本の医師の方は私を含めてMD, PhDがほとんどです。一方、アメリカでは、医学部(Medical school)は1回大学を出てから入学する大学院のような存在で、さらに学費が年間$10万近くかかるため借金して行く人もいるようなのです。そのため医師になってからお金を返さないといけないので、医師になってからもさらに研究してPhDコースに行くような人はかなり珍しいようで、MD, PhDという肩書きを持つ人は研究機関で偉くなるような人しかいないみたいです。
さらに、NIHは国立衛生研究所という名前のとおり、元々、公衆衛生のためにあらゆる病気と障害の原因、診断法、治療法、そして予防法を究明するためにできた政府の医学研究機関であるため、私のボスのようにMDのdegreeがあればディレクターにもなれます。他にもNIHの免疫学の有名な大御所でMDだけという人は何人かいて、偉くなるのにPhDは必要ないようです。

また、NIHで講演するような偉い先生の中にはMD, MPHという方もいます。MPHとはこちらに来て初めて知ったのですが、Master of Public Health(公衆衛生学修士)の略で、公衆衛生大学院で学ぶと授与されるようです。NIHではこのようなdegreeも重要しされるようです。
NIHの中ではほとんど見かけないですが、調べてみると、MD, PhD, MBA (Master of Business Administration:経営学修士)という方もいるようです。日本ではほとんどいないとは思いますが、さすがビジネスの国アメリカです。

NIHで講演される先生には看護学を研究し、その専門の方もいらっしゃいます。こちらでは男性の方も多いようで、その場合、George Washington, RN, MSA, CNS, CCRNというような方もいます。
それぞれの略を調べてみると、Registered Nurse (RN: 正看護士)、 Master of Science in Nursing (MSN: 看護学修士)、Clinical Nurse Specialist (CNS: 臨床専門看護士)、Critical Care Nurse (CCRN: 救命救急看護士)というようになっていて、看護学の分野でもそれぞれ細かい学位と資格があるようです。

海軍病院のカフェテリアでランチ
4月17日
テニス会の友人、FJさん、Nさんに誘って頂き、ロックビルパイクを挟んでNIHの向かい側にある海軍病院(National Naval Medical Center)のカフェテリアにランチに行って来ました。軍施設ということもあり、ゲートの警備は厳重そうでしたが、NIHのIDバッジを見せたらほとんどNo Checkで簡単に入れてくれました。

海軍病院

海軍病院

海軍病院

カフェテリアはNIHと同様に地下にありますが、軍の施設ということもあり驚きはその値段でした。

カフェテリア

まず飲み物がボトルの水が35セント、缶のジュースが55セント、ホットチョコレート20セントという感じでアメリカでは信じられない価格。

ドリンクメニュー

さらに、NIHのカフェテリアでは肉と野菜がちょっと付いた定食がだいたい$8前後しますが、ここではスープと飲み物を含んで何と$3.5ぐらいでお腹いっぱいになるほどでした。BBQチキンのセットを食べましたが、味もまずまずでした。値段を考えると大変満足できるものでした。
海軍病院ランチ

海軍病院全貌
食堂にあった海軍病院の全景スケッチ。

その後、生協のような売店に行ってみました。ここはステッカー、バッジ、ポストカード、縫いぐるみなど様々な海軍記念グッズが買えるのみならず、本物の制服なども売っていて、実際に軍に所属している人が買いに来ているようなところでした。軍マニアなら垂涎のお店だと思います。

海軍病院ショップ

海軍病院ショップ

海軍病院ショップ

海軍病院ショップ

帰りはいつもNIHから見えるビルの傍に行ってみました。近くで見上げるとだいぶ年代物だということがわかります。
海軍病院ビル

皆さんのお陰で大変貴重な経験をすることができました。ありがとうございました。

ところで、今週末はアンドリュース空軍基地(Andrews Air Force Base)で今年も航空ショー(無料)が開催されるそうですね。昨年(昨年の様子)行って大変楽しかったので、超お勧めのイベントだと思います。
アンドリュース空軍基地の航空ショー

駅やメトロの広告
メトロの中や駅には日本の電車ほどではないですが広告が掲示されていて、イベントのことなどを含め良質な情報が多いです。
その中でも特に感心するのが医療関係の広告。疾病予防の啓発や病気への理解を深める広告が多いと思います。
例えば、HIVの感染率がワシントンDCではどんなに多いか(08年末の時点で、保険当局の報告書ではワシントンD.C.の12歳以上の全人口の3%がHIV陽性とのこと)という警告のための広告や、NIHへのHIVワクチンへの治験参加広告(これは日本では無理ですが)などがあります。
また、AVONが主催する乳がん啓発イベントであるAvon Walk for Breast Cancer の広告や、自己免疫疾患である全身性エリテマトーデスの啓発研究機関である、Lupus Foundationの広告など、一般人に病気に対する理解と知識を提供する良い機会になっていると思います。
このようなことにお金をかけることで、一般の方の疾病に対する知識が増えて、病気の予防につながるかもしれないし、病気に対する差別や偏見を減らすことにも役立つのではないかと思います。

U2ライブ
9月にFedex FieldのU2のライブがあるそうです。もう4/6からチケット売り出し開始です。行きたかった。





アメリカでのお得、お役立ちサイト
皆さんご存知のとおり、アメリカはネット社会。
アメリカにいて生活していてこれは便利、お特だと思ったサイトを紹介します。
日本でも似たようなのがあるかもしれないですね。

1. RetailMeNot.com
http://www.retailmenot.com/

メンバーがクーポンナンバーを持ちより、これは上手くいった、上手くいかなかったと情報を登録するサイトです。
消費社会、アメリカではクーポンが普及していて、よくクレジットカードを使った店からは郵送で送られてくるだけでなく、近郊のあらゆる種類のショップの無料クーポンの束も送られてきます。Bed Bath Beyondの20%クーポンはなじみ深いものだと思います。
また、店によってはクーポンをサイトからプリントしていって持って行くと安くなったり、旅行サイト等インターネットショッピングでも、決済のところで、Promotional Codeを入れる欄があり、そこにある番号を入れると割引になることがあります。
つまりこのサイトから割引コードやプリントクーポンの場所に関する情報を仕入れることができます。
実際に、アムトラックの電車チケット、エンタープライズのレンタカー代などはここに載っているコードを入力するとかなり安くなります。また、Apple Storeのコードも載っていて$300以上の利用で20%引きになるようです。もっと早く知っていれば良かった。。。

2. Borders Rewards Perks
http://www.bordersrewardsperks.com/secured/default.cfm

本屋さんのBordersが関係する割引サイトで、無料で会員登録すると、やはりTarget.comなどのインターネットショッピングが多少安くなります。ディズニーワールドのチケットも低下より安く購入できます。

3. Hotwire
http://www.hotwire.com/index.jsp

旅行サイトです。いろいろなサイトと比較しましたが、国内線のフライトが一番安かったので利用しました。
チケットは何処のサイトで購入する際も、航空会社からの情報により短期間で値段の上昇と下降を繰り返すようなのですが、チケット購入1週間後までに、もしそれよりも値段が下がったら、ポイントという形でその分をキャッシュバックしてくれるところが良心的だと感じました。
また、ホテルの検索も他のサイトと変わっていて、場所と日にちを入力すると、ホテルのブランドはわからないのですが、そのエリアのもっとも安いところを提示してくれます。
契約するまでどこに泊れるのかわからないのはPricelineと似ています。

4. Opentable.com
http://www.opentable.com/home.aspx

レストランの予約サイトです。予約すればするほどポイントが溜まり、ダイニングチケットに交換できます。
席を予約するだけなら電話でもそんなに面倒なことではないですが、ネットで予約するのは何となく安心で気が楽なものです。

5. 800Notes 
http://800notes.com/

さきほどのクーポンサイトと同様、会員参加型サイトです。
アメリカのサイトは個人情報のセキュリティが甘いのか、携帯、家の電話を問わず、番号がもれるようで、よく保険や募金の勧誘の電話がかかってきます。
このサイトは見知らぬ電話番号がどこから何のためにかかってきたのか、皆で登録し合う形になっています。1回電話に出てしまうと断るのが大変なので、知らない電話番号には出ず、一旦このサイトで調べてから、必要なら掛け直すということをよくしています。

日本でも便利なサイトがあったら皆さん教えてください。

ダレス空港(IAD)までのメトロ
オバマ大統領が就任し、公共事業の予算がついたせいか、ついに具体的にオレンジラインのダレス空港までのメトロの計画が進み始めたようです。

最近、I495沿いのTysons Cornerの辺りの樹々が全部抜かれて整備がされ始めたのはそのせいだったのですね。

http://www.dullesmetro.com/stations/によれば、$900 million (約9兆円)のビッグプロジェクトです。工事はPhase 1, Phase 2という計画で進み、合計11の駅が新たにできるようです。

オレンジラインのViennaから延長するのかと思っていたのですが、そうではなくEast Falls Churchから西に枝線が分かれ、Tysons CornerのあたりでI495と交差し、ダレスの方へ向かうようになるようです。2013年までにPhase 1として4駅が完成する予定とのこと。ということは、Phase 2が終了するのは一体いつになるのでしょうか?

NIHのビルの例を見るまでもなく、当初の予定通りに建設が進むということはアメリカではあり得ない気もしますが、できたら都心への移動のみならずベセスダ、ロックビル方面に直接メトロで行けるようになり、大変アクセスが向上するので、是非計画通りに進むと良いですね。



シャーロッツビル(Charlottesville)で世界遺産見学
日曜日にずっと行きたいと思っていたバージニア州シャーロッツビルに単身でドライブしてきました。

アメリカにも幾つかの世界遺産がありますが、文化遺産は計8カ所、そのうち3カ所は東海岸のこの近くにあります。ニューヨークの自由の女神像、フィラデルフィアの独立記念館、そして、今回訪れたシャーロッツビルのモンティチェロとバージニア大学になります。

シャーロッツビルはロックビルからは南へ約90マイル、車で約2時間半の距離で、シェナンドー国立公園の近くに位置します。
1人で運転するには少々長かったですが、道は基本的に空いていてだいたい60マイル前後のペースで、沿道の新緑が大変美しいためバージニアの大自然が満喫できる気持ちよいドライブでした。一昨年Immunology Interest Groupのリトリートで訪れたWarrentonの街がちょうど行程の半分位に位置しました。
シャーロッツビルへ

シャーロッツビルへ

シャーロッツビルは、アメリカ国内で大変人気がある第3代合衆国大統領、トーマス•ジェファーソンが生涯暮らした街であるとともに、ジェファーソンが1817年に設計、開設した南部の名門バージニア大学がある学生街でもあります。

先にも書いたように、ジェファーソンが設計した邸宅モンティチェロ(Monticello)とバージニア大学の校舎は、1987年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。
大学を中心として、小じんまりとしたヒストリカルな街が広がっている感じで、周りは丘と樹々に囲まれた大変静かな所でした。ここに住むこと自体がretreatという言葉が似合いそうな街でした。

シャーロッツビルに着いてから、まず丘の上にあるMonticelloへ行く途中の道沿いにある、昔風のレストランMickie Tavern (ミッキータバーン)で腹ごしらえをしました。

ミッキータバーン

ミッキータバーン

ミッキータバーン
昔の衣装を着たおばさん達が案内してくれます。
ミッキータバーン店内

このレストランの建物は元々居酒屋兼宿屋として駅馬車の通り道沿いに1784年に建てられ、バージニアで最も古い建物の1つだそうです。

ミッキータバーン店内

南部料理
昔からのバージニアの自然の幸を生かした南部料理(コーンブレッド、フライドチキンとかトマトの煮込み、豆の煮込み、コールスローなど)をバイキング形式で食べることができるレストランでした。

南部料理
これぞアメリカの昔ながらの味という感じで、素晴らしい食事を堪能することができました。

そして、食後はいよいよ今回の目的地の1つ、すぐ近くのMonticelloへ向かいました。
ビジターセンターの近くに駐車して、$20の入場料を払うと、何時に入館が可能と書かれたツアーチケットが渡されました。館の中にはいつでも入場できるわけでなく、このように時間制ツアーにより入らなければなりません。
綺麗なビジターセンター
ビジターセンター。

ジェファーソン像
ジェファーソン像と記念撮影。

チケットを購入後、シャトルバスに乗って、丘の上にあるMonticelloに到着しました。周囲を少し散策後、自分の入場時間に20人くらいのお客さんとともにガイドのおじさんに引き連れられながら入場しました。
Monticello

館内はカメラ撮影は禁止で、ガイドの方が1つずつの部屋を詳しく説明してくれるのですが、ジェファーソンがどういう人だったかあまり詳しくない上に、アメリカ史の流れも漠然としているため、残念ながら言っていることがあまりわかりませんでした。ただジェファーソンは大変勉強、仕事熱心だった人で、美しい自然と自分の生活の共生を考えながら暮らしていたことがわかりました。
館のツアー見学後は、周りの畑や庭などをゆっくり見ました。
Monticello

庭

畑

Monticeroがある丘の上からは北側はシャーロッツビルの街が見えますが、南側(North Carorinaの方)はほぼ180度延々と地平線の向こうまで森が広がっていて、地球の丸さが感じられるほどでした。アメリカのでかさをつくづく感じさせました。
Monticelloの丘の南側

帰りは、ジェファーソンの墓石を見学後、徒歩で丘の上から森林の中を下山し、心が洗われるようでした。

墓石

丘から下山

Monticello見学後はもう1つの世界文化遺産、University of Virginia (バージニア大学)を見に行きました。ここは街の中にあるせいか駐車場が完備されておらず、車を停めるのに大変苦労しました。何とか裏道にパーキングを発見し、中を散策することができました。

学生街
大学前の賑やかな通り。

バージニア大学

バージニア大学

バージニア大学

バージニア大学

敷地内の芝生を大変美しく、白い神殿のような講堂がとても壮大に感じられました。繁華街も少ししかないようなもの静かな雰囲気の街なので、ここで学生生活を過ごすと勉強、研究にかなり集中できそうです。

今回、初めて訪れましたが、シャーロッツビルは全てにおいて歴史が詰った趣のある街でとても気に入りました。
現在、DCからシャーロッツビルはOne day tripの距離ですが、当時は何と馬車で3日間もかかったそうです。

Michie Tavern
683 Thomas Jefferson Parkway
Charlottesville Virginia 22902
Phone: (434) 977-1234
http://michietavern.com/

満開
4月になり巷では桜が満開となり、あっという間に散ってしまいましたが、我が家の近くTuckerman Ln沿いではズラッと並んだコブシ?のような木の花も満開になり、雨にも風にも負けず、華やかさを保っています。
毎年、これと桜を見ると春になったことを実感する風物詩のようなものでした。

春があっという間に過ぎ、来月からはもう暑くなると思います。
いよいよアパートでも来月末からのプール開きのお知らせが出ました。

Tuckerman Lane

Tuckerman Ln

Tuckerman Ln





日本までの航空券購入
帰国のチケットをどこで買おうか、先月からいろいろ調べていたのですが、結局、ANA便はANA USAのサイトから購入するのが一番安価なようなので、結局一番楽な方法を選びました。
2月になりANAより、原油価格の低下に伴い、航空券購入時の燃油特別付加運賃(サーチャージ)が4月1日購入分より減額になるというアナウンスがされていたので、結局、今月になり漸くチケットを購入しました。

これまでサーチャージのためにかなりチケットが高く感じていましたが、こちらのように、何と日本とアメリカ間が$204から$34まで減額され、かなり安くなりました。upgradeできるチケットも安くなり(片道計$865.3)、マイルも溜まっていたので、upgradeを選びました。
3年前の渡米時には倍以上の値段のチケットを購入しないとupgradeできなかったので、随分、安くなった感じがします。

本帰国時にupgradeすることの一番のメリットとしては、手荷物の制限が緩和されるところだと思います。スーツケースなどを2個までという数はエコノミーと一緒なのですが、こちらのように23kg/個のところが32kg/個までよくなります。これは帰国時に持ち帰る物が多いことが考えると、かなり大きいサービスですよね。
長時間の帰国フライトのストレスもかなり軽減されるような気がします。
Verizon (固定電話、DSLインターネット)の解約
日曜日で全て引っ越しが終わり、電話機も無くなってしまったので、翌日Verizonの固定電話とDSLインターネットの解約をしました。
契約する時はVerizonのホームページからすぐできるようになっているのに、何故か(意図的なのか?)、解約は電話でしか受け付けてくれずハードルが高く設定されています。

301-954-6234に電話をするとすぐオペレーターがでてきて、日本に帰国するから解約したいから契約をやめたい(電話をやめるという場合、cancelでもdisconnectでもどちらでも良いようです)と言うと、すぐ契約担当の人に回されました。案の定、また同じ説明をさせられましたが、英語も大変わかりやすい人で、すんなりこちらの言うことは伝わり、即日で解約となりました(と思います)。
解約後10日以内に契約解除の確認通知と余分に支払ったbillが小切手で郵送されてくることを言っていました。

その後もまだ自宅のインターネットが使えているので、解約手続きが済んでからも即座に回線のシャットダウンはできないようです。
また、DSLモデムは返却しなくて良いというのですが、こんな物くれても困ってしまいます。

家財一式の搬送
帰国に際し、日本から先日いらっしゃった方に家財一式をお譲りさせていただきました。

こちらでは引っ越し業者にお願いせず、自分でトラックをレンタルして引っ越しをしてしまうということがよくありますが、今回はちょうど昨年からNIHに留学している医局の後輩のT先生、U先生、K先生がお手伝いしてくれるということもあり、トラックを借りて自分たちで荷物の搬送をトライしてみました。トラックはU-HAULという専門のレンタルショップから借りましたが、前もってウェブで予約することができました。

帰国前にキッチン用品などはほとんど妻が段ボールにまとめておいてくれたので、前日はベッドを解体し家具や電化製品などをまとめてそなえました。

幸いなことに引っ越し当日は素晴らしい程の快晴。
男5人で作業を開始したため、心配だった巨大なソファも含めてあっという間に荷物を下に降ろすことができ、また引っ越しに慣れているU先生のお陰で、トラックにも綺麗に積み込むことができました。

トラックの運転は初めてしましたが、後方の視野がないのに慣れていないので結構緊張しました。かなり慎重に運転し、何とか無事に先方の御宅に到着しました。
トラックから荷物を降ろしてお宅に運ぶのはさらに順調に進み、家具やベッドを設置して4時間ちょっとで終了しました。

後輩の先生方、お手伝い頂き本当にありがとうございました。

引っ越し後
こちらに来た時のように部屋はがらんどうになってしまいました。
今月末まで、夜は借りたエアーベッドで就寝です。

U-HAUL RANDOLPH RD (818072)
12025 PARKLAWN DRIVE
ROCKVILLE, MD 20852
(301) 231-9469


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プロフィール

hirot424

Author:hirot424
日本で内科医、研究者として勤務した後、2006年4月から米国メリーランド州NIHに留学しました。
2009年4月に日本へ帰国し新たな生活を始めています。



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